1812.6.24-12.14 NBW 1812年ロシア戦役
- 四々縦七
- 2022年4月7日
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ロシアに大陸封鎖令遵守を求めるナポレオン・ボナパルトの指示でフランス帝国の大陸軍がロシアの旧ポーランド領に侵攻して戦争が勃発した(1812年ロシア戦役(1812年6月24日〜12月14日))。
ロシア軍は焦土作戦を展開しながら撤退を繰り返し、大陸軍は9月14日にはモスクワを陥落させていたが、ロシア軍はモスクワをも焼き払って退却していたため食料を得られなかった。1ヶ月ほど駐留する間にもロシア軍の攻撃を受けて大陸軍は兵数を減らし、10月19日に退却を開始した。
ロシアの戦略により、大陸軍の退却路は既に焦土化された往路と同じスモレンスク街道であり、大陸軍は食料補給ができなかった。フランス軍の軍馬の飼料も補給できず、軍馬の大半が餓死するか兵士の食糧として殺された。この結果、大陸軍の騎兵は徒歩で退却することとなり、大陸軍の大砲と荷馬車も廃棄せざるを得なかった。
コサック騎馬兵を含むロシア軽騎兵隊は絶えず追撃を行い、脱走兵はロシア人の民兵に殺された。12月14日に大陸軍がロシア領内から駆逐される頃には、侵攻時に60万人以上いた将兵は約2万人にまで減らされていた。

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