1831-1833.5.6 GG 第一次エジプト・トルコ戦争, キュタヒヤ条約
- 四々縦七
- 2022年6月5日
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エジプト総督ムハンマド・アリーはギリシャ独立戦争(1821年3月25日〜1832年8月30日)参戦の代償にシリア統治権を要求したが、オスマン帝国は敗戦を理由にこれを拒否した。
1831年にエジプト軍がシリアに侵攻して戦争が勃発した(第一次エジプト・トルコ戦争(First Egyptian–Ottoman War、1831年〜1833年5月6日))。シリアを占領し、イスタンブールまで迫る勢いを見せたエジプト軍に対し、オスマン帝国を支援するロシアが軍をアナトリア半島に派遣した。
ロシアの影響力拡大を防ぎたいイギリスとフランス七月王政(1830年8月9日〜1848年2月24日)が、ムハンマド・アリーとオスマン帝国の双方に講和するように圧力をかけた。1833年5月6日に、ムハンマド・アリーがシリアの統治権を得て戦争は終わった(キュタヒヤ条約(Convention of Kütahya))。

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